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2010年1月 4日 (月)

映画「アバター」

お正月休みに観た「アバター」という映画が、すごくよかった。

宇宙に進出した人類が、地球以外の星を制圧しようと試みて、未知の生命共同体に触れた時の、価値観の揺らぎと闘争を描いたSF映画。

根幹にあるのは、環境ブームの延長線上での、科学(/人間)万能主義に対するアンチテーゼ

その未知の共同体の世界観が、本当に素敵だった。

植物も動物も全ての生命が有機的な循環の中で繋がり、謙虚に生きる。

特に、「bond=絆)を結んで同期させる」、という発想が素敵だった。

(あまり書くとネタばれしてしまうけど、ラストの展開も、良かったです!)

「ナウシカ」の世界観と近いものがあり、その世界観に触れるたび、思わず泣きそうになった。

それは、次世代に来るべき思想の潮流(パラダイム)かもしれなくて、それを、具体的な1つの世界として、分かりやすくリアリティを持って描き出したというだけで、意義深い映画だと思いました。(と言うと、なんかおこがましいけれどw)

風景も、とてもキレイで、臨場感たっぷりの3D映像に、癒された。

その風景は、セカンドライフ内の人気スポット「apollo」に似ていた。

100106_slapollo

学部時代に、セカンドライフ研究で、まさに、アバターとして、セカンドライフ内のコミュニティに入り込み、半年間の潜入調査をしていたので懐かしかったです。

脳科学と情報学、バーチャル・リアリティとかのテーマが好きで、その意味でも、とても興味深かった。進化した脳科学と情報技術が出会う先で、実際に、現実よりも、むしろ、仮想世界の方にリアリティを見出しちゃうような日が、近い将来に来るんじゃないかと思う。

容姿とか性別、そして重力とか筋力といったものからも解放されて、

“脳が何を感じるか”が全ての世界。

“念じる”だけで、モノや動植物を制御できる世界。

(例えば、朝起きて、「開け、カーテン♪」と念じるだけで、カーテンが開き、光が差し込むような。実際に、脳科学の分野では、似たような実験に成功した例がある。)

物理的世界が無化され、精神的世界が全ての世界。

学部時代は、そんなことを考えるのに夢中になった時期があった。

そして、いつも行き着く先は、「何が本当に社会にとって良いことか/正しいことか」という、社会設計思想の問題

それは、「“幸せ”とは何か?」というコトバで、物心ついたころからずっと考えてきた究極の難問の1つ。

学部3年で、ハーバート・サイモンの『システムの科学』を読んで、人間の欲求は際限なく、1を得れば2を求め、2を得れば3を求めるため、「幸せ」はあくまで相対的で際限のないもので、そこに絶対的な状態定義は与え得ないという言説に触れて、衝撃を受けた。

そして、資本主義社会では、

皆が競って、人間の欲求を掘り起こし、際限なく欲求水準を切り上げ、

やがて「求める前に、与えられる」という状況に陥る。

それが行きつく先に、何があるのか?

「ハングリー精神の喪失、そしてニヒリズム/虚無感なのではないか?」と思っていた時期があった。

でも、もし本当にそうなら、社会の発展は未来永劫続くものではなく、やがて低迷期を迎えるはず。

そして、たぶん、そうなる前に、新しい思想のパラダイムが生まれるのだと思う。

なぜなら、人間は、考えること/行動することをやめられないから。

そういう、メタな視点に立つと、足元が揺らぎ、迷子になった気分になる。

どっちに進むのが正しいのか、とても、心細い気持ち。

だから、私は、研究をやめられないのだと思う。

自分なりの社会設計思想を少しでも追求したくて・・・。

今は、とことん、具体的な問題に取り組む時期だと思う。

真実を見たいなら「針の穴から世界を見る」ことだ、と恩師に教えられた。

ソーシャル・デザイン全体から見て、極めて小さな領域であっても、今は、それを実践したい。

とにかく、広大な自然の風景とラブ・ストーリーに癒されつつ、世俗的な観念を揺るがしてくれる、とても良い作品だった。

いつか、こんな映画をプロデュース出来るようになりたい。

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コメント

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投稿: アシュトン | 2010年1月10日 (日) 22時05分

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